日本CHRO協会発行CHRO FORUM第27号(2021年8月号)

※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です


 

シリーズ第1回では、パンデミック後の「ウォーフォータレント」時代のタレントマネジメントの姿を概観した。第2回から第6回は、第1回で取り上げた「重要性を増す5つのテーマ」について解説する。第3回は、パフォーマンスマネジメントの変革の方向性について取り扱う。

 

パフォーマンスマネジメントの目的

 

パフォーマンスマネジメントは、「個々人の業務活動を経営目標に結び付け、組織全体のパフォーマンスを最大化しつつ、個々の人材のキャリア開発支援を行う、人材を有効活用するための一連の活動」と定義することができる。目的としては、「全社目標の実現」「個々人のパフォーマンス向上」「個々人の評価・処遇への反映」の3つに集約可能である。

「全社目標の実現」に向けた代表的な施策としては、経営目標・事業目標の達成に必要な目標展開のケイパビリティを高めること、目標に過度にとらわれることなく、状況変化に柔軟に対応して現場の自律的な成果創出を促進することが挙げられる。「個々人のパフォーマンス向上」については、目標達成および能力向上に関する課題指摘を適時高頻度、低負荷、カジュアルに行える環境をつくること、現場マネジャーの評価能力・フィードバック能力を高めることがキーと考えられる。「個々人の評価・処遇への反映」の実現を促進させる取り組みとしては、目標管理及びコンピテンシー/能力評価と処遇(昇給・賞与・昇格)との直接的なリンクを弱め、処遇決定から発生するバイアスを軽減させていくことが重要だ。これまで見てきた3つの目的達成に向け、パフォーマンスマネジメントは変革期を迎えつつあるといえる。次に、なぜ変革が必要になってきたかの要因を見ていきたい。

 

パフォーマンスマネジメントの変革の要因

 

変革の要因としては大きく4の理由が考えられる。1つ目は「処遇決定機能が他機能へ及ぼす影響」である。目標管理やコンピテンシー評価を処遇決定に使う場合、評価が寛大化、平均化するケースが少なくない。そのように評価が適正に実施されない場合、目標管理を通じた経営目標・事業目標の展開・進捗管理や、コンピテンシー評価を活用した育成上の課題指摘といったパフォーマンスマネジメントの本質的な狙いの達成が困難になる可能性が高まる。

2つ目は「目標管理における不十分なマネジメント&コントロール」である。日本企業では、目標管理が処遇決定プロセスに組み込まれ、総合評価等のレーティングを通じた運用が多いため、経営環境・事業環境に適合した、適時適切な方針変更やフィードバックを妨げる場合もある。弊社が2019年に実施したパフォーマンスマネジメントサーベイにおいても、全社から部門、部門から個々人への目標のカスケードが十分に行われている企業は50%を下回る結果となっており、不十分なマネジメント&コントロールを裏付けている。

3つ目は「踏み込めない人材開発」である。コンピテンシー評価結果を昇給に反映させる等、コンピテンシー評価が処遇決定プロセスに組み込まれている場合、課題指摘が処遇上の不利益となり、個々人の能力開発につながる課題指摘が困難なケースもある。先ほどご紹介したサーベイでも、フィードバックとコーチングプロセスがうまく機能している企業は30%を下回る結果となっており、踏み込めない人材開発が明らかとなった。

4つ目は「評価に対する構造的な不満」である。総合評価に相対分布規制を設けている企業は多い。その結果、社員の自己認識と評価結果の乖離に起因するモチベーションの低下や社員の受け入れの悪さへと影響し、それらがパフォーマンスマネジメントへの不満となることもある。

また、2020年の新型コロナウィルス感染拡大防止に伴う働き方改革も、パフォーマンスマネジメントの変革を後押しする契機となった。リモートワークの中で上司と部下の接点やコミュニケーション手段が変化する中で、環境変化・戦略変更に応じた柔軟・タイムリーな目標変更、上司による部下のきめ細かな能動的なフォローが必要となり、従来通りの考え方では、目標管理、コンピテンシー評価の運用がうまく回らくなってきたと推察される。

 

パフォーマンスマネジメントの変革の方向性

 

パフォーマンスマネジメントの変革の出発点にあたる「パフォーマンスマネジメントの中心に据える理念」としては、評価によって社員間の競争を促すことからコーチングと人材開発へ転換していくことが望まれる。具体的に見ていくと、「タレントマネジメントとパフォーマンスマネジメントの結び付き」という観点では、個々人の業績管理から能力開発へ注力していくことが肝要になる。また、「パフォーマンスマネジメントのプロセス」では、年間サイクルに基づく標準的なフィードバックプロセスから、上司と部下の継続的な対話への変革を進めると同時に、現場マネジャーのフィードバック・コーチング能力の向上が重要になる。さらに、「報酬とパフォーマンスマネジメントの結び付き」の観点では、評価と報酬の強い連動から部門長の裁量的判断に基づく柔軟な処遇への移行がキーである。

事業環境の変化が早く、将来を予測することが難しい環境下では、「ビジネス目標とパフォーマンスマネジメントの結び付き」という観点で、経営目標・事業目標を戦略的に組織に展開していくと同時に、個人別の固定的な目標から、協働的で柔軟な目標設定へ変えていくことが肝要だ。最後に「パフォーマンスマネジメントカルチャーと行動」という観点では、個々人の業績管理からハイパフォーマンスカルチャーの定着・浸透へ進むことが望ましい。

 

 

図表1 パフォーマンスマネジメントの変革の方向性

Employee Value Proposition(従業員価値提案)

パフォーマンスマネジメント推進に当たっての日本企業のチャレンジ

 

パフォーマンスマネジメント推進にあたっては、パフォーマンスマネジメントの仕組みの導入に終止するのではなく、経営改革・チェンジマネジメントまで踏み込んだ取り組みとして、導入後の運用を視野に入れた検討を行う必要がある。取り組みにあたっては4つのチャレンジが考えられる。

1つ目は「トップマネジメントの巻き込みとコミットメントの醸成」である。トップマネジメントは、パフォーマンスマネジメントの変革を単なる評価制度の見直しとして捉えるのではなく、経営改革や組織変革、そしてチェンジマネジメントの取り組みとして位置づける必要がある。具体的には、社員に対して自律的な成長を期待するだけでなく、トップマネジメント自ら成長を果たすべく、高いコミットメントを示し、経営改革・組織変革を主導していくことが望まれる。

2つ目は「現場のマネジメント能力の強化、マインドセットの転換」である。特にマネジャー層は、パフォーマンスマネジメントの変革に当たり、部下のパフォーマンスを管理するというスタンスから、パフォーマンスを引き出すスタンスへ転換していく必要がある。そのためには、質・量ともにレベルの上げたフィードバックを高頻度で行い、過去のパフォーマンスの管理に時間を費やすのではなく、コーチング等を通じて部下の能力開発やキャリアの広がりに焦点を当てたコミュニケーションを図る必要がある。

3つ目は「個々の社員の意識変革・行動変革」である。個々の社員は、パフォーマンスマネジメントの変革にあたり、自律的に成長することの重要性を理解した上で、高い成長目標にコミットし、経営戦略の実現と組織の変革に貢献する必要がある。実現にあたっては、社員自らがキャリアオーナーシップを持ち、マネジャーと共に自身のキャリアを能動的に描くとともに、マネジャーから受けるフィードバックを受けとめ、新たな気付きを得ることを通じて自己変容を図る必要がある。

4つ目は「HRIS」の整備である。様々なサーベイで指摘されていることではあるが、日本企業では、人事情報に関するデータの蓄積や活用が不十分である結果、客観的なデータに基づく人材マネジメントの変革が難しいケースが多い。また、人事情報を蓄積することが目的化してしまい、経営層の意思決定やマネジャーによる部下へのフィードバックへの活用が不十分なケースも多い。HRISの構築には多くの投資が必要であるため、慎重な検討が必要になる。従って、まずエクセル等を使ったアナログでの検討を開始し、実際の運用イメージがつかめた段階で投資に踏み切ることも選択肢になると考えられる。

 

まとめ

 

パフォーマンスマネジメントの変革に向けては、トップマネジメント、管理職層、個々の社員の意識変革・行動変革がキーであり、スピード感をもって変革を推進できるかどうかが企業の競争力に少なからず影響を与えると考えられるため、変革に向けた第一歩を早めに踏み出すことが望まれる。

 

参考文献

 

Mercer, 2019 Global Performance Management Study Insights and Detailed Report (n=1,150)

 

執筆者: 中島 竜寛 (なかしま たつひろ)

組織・人事変革コンサルティング プリンシパル