コンサルタントコラム 699
事業再生で問われる当たり前

執筆者: 吉田 継人(よしだ つぐと)

組織・人事変革コンサルティング
シニア コンサルタント

2015年も残すところあとひと月ほどである。少し気が早いが一年を振り返ってみると、経済は回復基調にあると言われているものの、今年も"リストラ"や“人員削減”という言葉が紙面を賑わせた年であったように思う。名立たる大企業が業績不振から人員削減を行い、その規模も数百人から数千人にまで及んでいる。

事業再生という局面で、人事的に行わなければならないことは何であろうか。人員削減により固定費を削減することは急務であるが、同時に再生を牽引する人材を如何に確保し、動機づけて、高いパフォーマンスを発揮してもらうのかを考え、実行する必要がある。困難な道ではあるものの、この二つを両立しなければ、再び事業を立て直し、成長軌道に乗せていくことはできない。

筆者はこれまでいくつかの事業再生局面において、人事面でのコンサルティングをさせて頂いたことがあるが、この時重要になるのは、希望退職における社員へのコミュニケーションと人事制度改定を同時に実施して、経営から社員に適切なメッセージを送ることにあると考えている。

人員削減の最終的な方法として整理解雇がある。しかし、企業側から一方的に労働契約を解除する整理解雇を行うには、所謂「整理解雇の四要件1」が充たされていなければならず、実現するには極めてハードルが高い。従って、現実的には希望退職を募集し、社員からの応募によって人員削減を行うことになる。

1) 整理解雇の四要件:「人員整理の必要性」、「解雇回避努力義務の履行」、「被解雇者選定の合理性」、「解雇手続きの妥当性」

希望退職制度は整理解雇とは異なり、労働者自らの意思によって、労働者側から労働契約を解除する制度である。企業側は割増退職金や再就職支援サービスの提供等のインセンティブを用いて退職に誘導する。しかしあくまでも労働契約の解除は労働者側の意思であり、言い方は悪いが会社にしがみつこうと思えばしがみつける。

リストラ時のコミュニケーションはとりわけ慎重に行う必要があるのは言うまでもない。「追い出し部屋に隔離する」や「陰湿で執拗な退職強要」と捉えられるような行為は不当解雇と見做されかねない。最悪のケースでは裁判沙汰になり、企業イメージの低下や各種負担を負うことになる。それよりも悪いことには、このようなコミュニケーションにより社員が疑心暗鬼になり、再生の活力までも失われてしまうことである。このような失敗を未然に防ぐためにも、人事制度の改革を同時に進め、少なくとも制度が目指す主旨を伝えることが必要である。人事制度改革の方向性を伝えるという機会も活用して、ローパフォーマーとハイパフォーマーのそれぞれにメッセージを送るのである。

希望退職で無理な対応を取らなければならない企業は、実は人事制度に多くの問題を抱えているケースが多い。例えば、年功序列型の制度を運用し続けた結果、歪な人員構成も相まって人件費が高止まりして負担が重くなるということや、やってもやらなくても処遇が殆ど変らない報酬構造など、枚挙に暇がない。これらの企業の多くが所謂職務遂行能力を基軸とした等級制度を採用しており、これが事業計画・目標に紐付いていない。等級制度で何を求めているのかが事業と紐付いていなければ、当然適切な評価はできず、業績に応じた報酬の配分も実現できないということになる。このような人事制度では、会社業績と社員個々人のパフォーマンスの関係が曖昧なまま報酬が支払われるということになり、パフォーマンスの低い社員にとって居心地が良く、希望退職を募集してもこのような社員が社外のキャリアを選択するというインセンティブに乏しい。

状況が状況だけに、大盤振る舞いの昇給や賞与が出ないことは言うまでもないが、事業再生における人事制度改定で最も重要なのは限りある人件費を最適に配分する仕組みを作り、実行するということである。最適配分とは、会社・個人の達成した業績に応じて配分されるということであり、それを実現するには役割・貢献の基準を整え、達成したことを適切に評価し、評価に基づいて報酬が配分されることを意味する。人件費を会社業績に連動させ、会社業績が良ければそれに応じて一人当たり人件費が上がり、個人のパフォーマンスによっては、業績不振に陥る前よりも高い報酬を手にする可能性を残す。逆にパフォーマンスが低ければ、これまで配分されてきたよりも少ない処遇が配分されることになる。

人事制度改革によって成し遂げなければならないのは、ローパフォーマーにとっては居心地が悪く、ハイパフォーマーにとっては成果が報われる制度である。このように書いてみると、あまりにも当たり前すぎて本コラムの載せることに若干の躊躇はあるものの、実際にご相談を頂いて人事制度に関する資料を拝見すると、この当然やるべきことが為されていないケースが殆どである。

役割を明確化し、人件費の最適配分を実現することは、ハイパフォーマーを動機づけ、ローパフォーマーには新しい道を模索してもらうためのインセンティブとなる。厳しいリストラという局面の中にわずかながら希望を持てるようにすることで、残った人材のモチベーションを高めることもできるはずである。