2022年2月24日、ロシアのウクライナへの侵攻から早くも2週間が過ぎた。数日で首都キーウ(キエフ)占拠という当初の想定は大きく崩れ、徐々に長期化の様相を呈し始めたように思われる。子供たちを含む民間人にも多大な犠牲が出ている状況を目にするたび、一日も早い停戦と平和的な解決を願ってやまない。
今回の侵攻に対して、西側諸国を中心とする国際社会はロシアやベラルーシへの経済制裁を強めていることは周知の通りである。それだけでなく、ルーブル安や、反戦世論などの影響も踏まえ、日系を含む多くの企業がロシアからの撤退や一時閉鎖などの措置を取っている。イェール大学がまとめたレポートによると、3月10日時点で既に300社以上のグローバル企業が、ロシアでの事業に対して事業撤退等の措置を取っているとのことだ。
ロシアの現地法人や駐在員への影響があることは間違いないものの、グローバル企業にとって考えるべき人的課題は、ロシアもしくはウクライナに留まらず、周辺地域も含めより広範囲で発生している。まだ統計等で表せるような具体的なトレンドまではいかないまでも、海外のグローバル企業がどのような初動を取っているか、把握している範囲で紹介してみたい。
まずもって、ウクライナと周辺地域の従業員達の安全を確保することが最優先課題となる。実際に現地法人の従業員の中には本人や家族が国外に避難したり、シェルター等で不便な生活を強いられたり、あるいは場合によっては直接戦闘に加わっていたりするケースもあるかもしれない。グローバル企業の中にはこういった現地の従業員のために、食料や移動手段の提供、通信方法の確保や心身のケア、リーガルアドバイスの提供、あるいはもっと具体的にキャッシュの提供などを講じるケースも出始めている。
このような措置は単に現地の従業員の便益となるだけではない。我々日本に住んでいる身としても、現地の悲惨な状況を目にするたび、自分たちにも何かできることは無いか、募金しかないのか、と無力感を感じることが無いだろうか?困難な中でも、会社という組織を通じて、現地の従業員たちの力になっていると明示することは、他の国の従業員たちのそういった無力感にも寄り添い、会社に対するエンゲージメントを高める効果も期待できる。
次に今回の侵攻に対する姿勢を示すとともに、ウクライナ以外でも影響を受けている従業員たちに寄り添う姿勢を見せることが何よりも大切となる。ただでさえ新型コロナのパンデミックにより世界の先行き不透明となる中で、従業員の漠然とした不安が更に増していることは想像に難くない。得てして従業員たちは、困難な状況の中で会社がしてくれたこと、あるいはしてくれなかったことというのは、しっかり覚えているものだ。特に海外では、会社の姿勢に共感するかどうかが、優秀な人材の獲得とリテインに大きな効果があるのは、ESGsなどへの意識の高まりからも周知の通りである。
たとえウクライナやロシアに拠点が無くとも、グローバル企業であれば、家族や友人たちがウクライナに居る、という社員が居るであろうことは容易に想像できる。2に挙げた、会社としての姿勢を示すとともに、そういった社員たちへの具体的な支援が求められる。例えば、Employee Assistance Program(EAP、従業員支援プログラム)やその他メンタルヘルス機関の相談窓口の提供などが考えられ、実際にマーサーにもウクライナとその周辺国でのEAPベンダー確保の依頼が殺到している。こういった措置は手配するだけでなく、各ラインマネジャーたちが配下の従業員のメンタルヘルス管理に気を配り、影響を受けている社員が相談しやすい環境を講じて初めて効果を発揮する。ラインマネジャーたちへの説明と働きかけも同様に重要となる。当然ではあるが、EAPの問い合わせは当事国であるウクライナとロシアが圧倒的に多く、そのどちらの場合でも今のところは最短三日で手配が可能である。
前述した通り、多くの従業員が今回の紛争の平和的解決を願うとともに、微力でも何とか力になりたい、という潜在的な願望を抱いている。多くのグローバル企業でも従業員たちに募金の機会を提供するとともに、従業員が100ドル出せば、同額を会社が出すという、マッチングという仕組みを提供している。確かに会社としてもコストのかかる施策ではあるものの、会社からポンとまとまった金額を出すよりも、マッチングとして「従業員とともに寄付する」形の方がよりエンゲージメントは高まり、投資効果としてはより高い効果が見込まれる。加えて、「他人の困難の助けとなる」行為は、メンタルヘルスの改善に大きな効果があることが証明されており、従業員のウェルビーイングの改善につながると考えられる。
現状ではグローバル企業の初期的対応についてまとめてみたが、仮に停戦が合意されても、ウクライナはもちろんのこと、ロシアとベラルーシ、そして多くの避難民を受け入れているポーランドをはじめとした周辺諸国の人々の困難はまだ始まったばかりともいえる。
グローバル企業が社員のウェルビーイングを含む様々な人的課題に対して、今後どのような対応を取っていくのか。マーサーでもサーベイ等の実施なども視野に入れているため、今後も引き続き情報発信していきたい。
執筆者:北野 信太郎(きたの しんたろう)
マルチナショナルクライアントセグメント代表
M&Aアドバイザリーサービス部門代表
シニアプリンシパル グローバルクライアントマネージャー
英国アクチュアリー会正会員
マーサーのマルチナショナル・クライアント・セグメントでは、グローバル企業のさらなるグローバル化、ならびにグローバル経営を、「人・組織」の観点から支援しています。
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